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こどもと大人のピアノ教室
NaNa
神奈川県横浜市都筑区茅ヶ崎南
横浜市営地下鉄ブルーライン

センター南駅より徒歩5分


TEL 090-3317-0928
メールでのお問い合わせ>>

横浜市営地下鉄センター南にあるピアノ教室

都筑区センター南駅から徒歩5分のところにある、ピアノ教室NaNaです。
お子様から大人の方まで、楽しく音楽を始めてみませんか? ピアノの音色で、心に癒やしと潤いを……。
初めての方も、もう一度始めたい方も、おひとりおひとりに合わせた無理 のないレッスン!
クラシックからポピュラーまで、お気に入りの曲に挑戦し ましょう。
都筑区センター南、ピアノ教室NaNaは、アットホームな雰囲気の教室です。

ピアノ教室NaNaはこんな教室です♪
 
noteピアノって楽しいな!
生徒さん一人ひとりがそんな気持ちでレッスンを続けられるような教室をめざしています。
 

 
noteそれぞれの個性を大切に、才能を引き出すお手伝いができればと思っております。
 

 
note生徒さんやお母様とのコミュニケーションを大切にしています。
 

 
note自分の出している「音」をよく聴き、きれいな音で弾くことを大切にして、音楽性を伸ばします。
 

 
note一人ひとりとしっかり向き合い、それぞれの目標に合わせてレッスンを進めていきます。
 

 
note得意な曲は伸ばし、不得意な曲は補ってあげらるような教材や選曲を心掛けています。
 

 
note個人レッスンなので、それぞれのペースにあわせて進んでいけます。
 

 
noteイメージどおりの演奏ができるよう、丁寧にご指導します。
 

 
note楽譜を読む力を育て、良い耳を育てる・・・・をこころがけています。
 

 
noteレパートリーを増やして、ご家族やお友達にいっぱい聴いてもらおう! をモットーにしています。
 

 
note一方的なレッスンではなく、希望されること、不安なこと等、なんでも遠慮なくご相談ください。
 
豆知識:ヨハネ ブラームス
19世紀、ドイツの作曲家、ピアニスト、指揮者です。
ブラームス自身は、ベートーベンの後継者としての意識を非常に強く持っていました。
幼い時から、学校でゲルマニズムを徹底してたたきこまれてきたおかげで、熱烈な愛国者でした。
地味でシャイで、何かと目立つワーグナーやブルックナーと違い、婚期も逃しました。
根っからのドイツ人なれど、実はユダヤ人だったとの説もあります。
 
豆知識:J.S.バッハ
🔷18世紀のドイツで活躍した作曲家、音楽家です。
🔷天才のように言われていますが、どちらかというと職人肌の人、当時としては時代遅れの音楽でした。
🔷バッハとヘンデルは、同じ年に同じ国に生まれて、共に晩年に失明したという共通点があります。
🔷一日に数十杯もコーヒーを飲んでいたコーヒー愛好家だったようです。
🔷バッハが亡くなると同時にバロック音楽も終わりを告げました。
 
豆知識:シューベルト
シューベルトは、オーストリアの作曲家。ドイツ歌曲において功績が大きく、歌曲の王 と呼ばれることもあります。
シューベルトの身長は約155cmと低く、丸々と太っており、額は狭く、稲首で猫背のように前かがみで歩いていたと言われています。
肖像画からは想像できない容姿だったようです。
生活のために長く音楽教師を務めながら作曲し続けましたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれました。
ベートーベンが死去し、シューベルトは冬の旅  などの校正を行なっていましたが、病状が悪化して高熱に浮かされるようになり、兄、フェルディナントの家で死去しました。
魔王、軍隊行進曲、野ばら、菩提樹、ます、未完成交響曲などの代表曲があります。
 
豆知識:ラヴェル
🔷モーリス   ラヴェルは、フランス南西部、スペインにほど近いバスク地方のシブールで生まれました。    
🔷音楽好きの父の影響で6歳でピアノを始め、12歳で作曲の基礎を学びました。
🔷ラヴェルは、1927年頃から軽度の記憶障害や言語症に悩まされていましたが、パリでタクシーに乗っている時、交通事故に遭い、これを機に症状が徐々に進行していきました。
🔷 ラヴェルは、一生独身を貫き、弟のエドゥワールも晩婚で子供を、もうけなかったため、ラヴェル家の血筋はエドゥワールの死をもって途絶えました。
🔷彼は、シャブリエ、エリック サティの影響を自ら挙げており、スペイン音楽、Jazzに加え、アジアの音楽及びフォークソングを含む世界各国の音楽に強い影響を受けていました。
 
豆知識:フランツ リスト
フランツ リストはハンガリーに生まれます。
父の指導を受け、10歳になる前から演奏会も行っていました。
若い頃は、イケメン天才ピアニストとして鳴らし、追っかけグルーピーもいたくらいです。
作曲、演奏、執筆活動、そして表題音楽という新しいジャンルや編曲にも力を入れていました。
驚くことに、ドイツで憲法を研究していた当時42歳の伊藤博文とも面識があったようです。リストの演奏に深い感銘を受けて、(日本に招きたい)と言ったとか.....。
晩年は僧職につきましたが、僧服姿があまりにも格好良く、その姿に誘惑される女性も多く、(僧衣を着たメフィストフェレス )とよばれました。
 
豆知識:ハイドン
🔷ハイドンは、古典派を代表するオーストリアの作曲家です。
🔷「神よ、皇帝フランツを守りたまえ」の旋律は現在ドイツ国家に用いられています。
🔷ハイドンには、マリア アンナという4歳年上の妻がいましたが、どうやら妻をあまり愛していなかったようです。
🔷47歳の時、20歳の歌手ルイジア  ポルツェリと恋に落ちましたが、二人の恋は成就することはなかったようです。
🔷ハイドンの作り上げた古典派様式は、後にモーツァルトやベートーベンによって発展を遂げました。
🔷「交響曲の父」とも呼ばれています。
 
豆知識:モーツァルト
オーストリアの作曲家。
ハイドンと並ぶウィーンの古典派音楽の代表者です。
モーツァルトは死後、高く認められる存在となるのですが、彼が35歳の若さで亡くなった時、葬儀は第3等扱いだったそうです。
すなわち、ごく一般の市民として埋葬されたわけです。
モーツァルトがウィーンに住んでいた頃に愛用したピアノには、オルガンのように足がついていました。
モーツァルトの音楽は、高周波音を多く含んでいると言われ、脳神経などを心地よく刺激し、人体に良い影響を及ぼすとされています。
彼は、背が低く、いつも冗談や駄洒落、笑いを忘れなかった人だったとも言われています。
 
豆知識:ベートーベン
🔷「エリーゼのために」は本来は、「テリーザのために」という曲名でした。
🔷難聴の原因は、鉛中毒との説が有力です。
🔷引越し魔で、35年に70〜80回ほど引越ししています。
🔷コーヒーにはこだわりがあり、豆を60粒きっちり使いました。
🔷カツラはあったが、一生被らなかったようです。
 
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